「両国花錦闘士」はどこ行った?

このところの大相撲の迷走はひどいものがあったけれど、結局五月場所は「技量審査場所」として入場無料で行われるらしいですね。ためしにインターネットで見てみたら、枡席・イス席とも予定枚数終了だそうで、見たい人がたくさんいることはまあいい事。

お相撲さんたちのズッコケぶりを見るにつけ、ふと思い出すのが、その昔読んだ岡野玲子のマンガ「両国花錦闘士」です。

両国花錦闘士(おしゃれりきし) (1)

両国花錦闘士(おしゃれりきし) (1)

両国花錦闘士(おしゃれりきし) (2)

両国花錦闘士(おしゃれりきし) (2)

両国花錦闘士(おしゃれりきし) (3)

両国花錦闘士(おしゃれりきし) (3)

両国花錦闘士(おしゃれりきし) (4)

両国花錦闘士(おしゃれりきし) (4)

陰陽師」ですっかり有名になった岡野玲子が、若い頃にビッグコミックスピリッツに書いていたもので、私はその頃「美味しんぼ」のついでに読んでいましたが、そのクールさにひかれて単行本を買い揃えたものでした。*1

お相撲さんという伝統に縛られる世界に生きる「現代っ子(という言い方も現代ではなくなってきましたが)」の日常を描くというのはひょっとしたら禅寺を舞台にした「ファンシイダンス」と同じなのかもしれませんが私はそっちは読んでないのでなんとも…。

「両国花錦闘士」は冒頭、野球選手好きでスポーツ記者になったのに相撲担当に回された若い女性の視点から力士たちの異形ぶりが描かれます。ドスドスと歩く大男の群れ、大量に消費される「ちゃんこ」に目を丸くする女性記者は、作者の分身でしょう。
相撲側の主人公として、ハンサムなソップ型力士である昇龍という入幕間もない若手力士が出てきます。インテリ兄弟の末弟で都会的なセンスの持ち主でちょっとナルシスト。一方、雪国出身で素質に恵まれているが純朴で気の弱い「雪の童」という同期のライバルがいます。相撲マンガとしては、この二人の成長が描かれるわけですが、二人の勝負はこの物語の主題ではありません。昇龍をひいきにする芸能事務所の女社長と新人記者、さらに昇龍のインテリ兄二人などが絡んだ人間模様や現代における力士の日常が淡々と描かれます。

連載当時(89~90年)、現実の大相撲では、千代の富士北勝海大乃国の3横綱がいて、いよいよ若貴兄弟が関取に昇進という前途洋々な状況でした(作中では「代官山」「副都心」など絶対本当の醜名にはならなそうな絶妙な名前で登場)。
岡野玲子はもともと相撲に詳しかったわけではなかったと思うのですが、取材を相当したようで、この時点での相撲界のしきたり、力士の生活、周囲の誘惑などをコメディタッチな作風の中でなかなか鋭く批判的に描写しています。私も一般教養程度の相撲知識はありましたが、改めて勉強になることも多かった。

力士の日常の中には昨今大きく騒がれた「八百長」の話も出てきます。
支度部屋で先輩力士の付き人が「雪の童」に話しかけてくると、「こういう時はさりげなくトイレに行くんだよな…」とトイレで並んで星の売り買いの話を続けますが、雪の童は八百長を断り、自分の付き人に「後でいじめられるんじゃ…」と心配されます。一方、物語のヒーロー・昇龍は「綱を締めてから遊ぶんだ」とつぶやくストイックなガチンコ力士なので、インテリ兄から「お前はどんぶり飯一杯分の星の貸し借りをした友達もいないのか?」とたしなめられます。いずれも相撲協会公認の本格相撲マンガでは描けない場面ですが、岡野玲子は「力士の日常」の1コマとして淡々と描いていて、それがちゃんとリアルな説得力を持っていました。

でも、あの頃の相撲は良かったなあ…

*1:今は引越しの時にどこにしまったか、あるいはダンボール箱削減のために捨ててきてしまったのかもしれません。だから記憶だけで書いてます