音楽夜話(その4)〜ZARD死してJ-POPを残す〜

今更ですが、先日、ZARDこと坂井泉水氏が亡くなりましたね。
個人的には、彼女の音楽に対して興味を持ったことがないので、「若いのに気の毒だね」以上の感慨はないのですが、先日来の音楽話との関連もあるので、少し関連する話を書いておきます。


ZARDといえば「ビーイング」、ビーイングといえば"B'z"、"ZARD"、"WANDS"…でした。今思うとニューミュージックという言葉が死語となり、日本のポピュラーミュージックが全てJ-POPと呼ばれるようになったとき、その先頭を走っていたのがビーイングのアーティストでした。

Good-bye My Loneliness

Good-bye My Loneliness

「完成度」の高い作品を「量産」する、脆弱なニューミュージックのアーティストにはないプロフェッショナルな能力。かといってテレビに喜々として出演し、「新曲ですぅ。買ってくださいね!」と媚びたりしないイメージ戦略。産業としての音楽を迷い無く展開していました。


ビーイングが日本の大衆音楽に果たした役割は、ざっくりと二つあると思います。

  1. 日本のポップスの商品としての完成度をレベルアップさせたこと
  2. どんなスタイルの音楽も、商品性とクォリティの面でビーイングのレベルを要求されるようになったこと

その結果日本のポップスは、素材の善し悪しにかかわらず、力量のあるプロデューサーと組まないと世に出られなくなりました。

日本のポピュラー音楽は、フォーク、ロック、ニューミュージックの時代を経て、再び巨大な商業主義の支配化に再編成されたのです。そしてそれがJ-POPである、と私は思っており、私たちニューミュージック世代が、今の音楽に対して感じる疎外感の元凶であると思っています。


坂井泉水氏は、テレビに出ないアイドル歌手だったというのが(初めて見たときにクラリオンのカラオケ・キャンペーンガールをやっていたのを、なぜか記憶している)私の認識ですが、一般には「自作の詩を歌う(だから彼女は)アーティストである」上に「PVで見る限り美人である」という評価を得ることに成功しました。このパターンはほぼ同時期に世に出た森高千里や近年の浜崎あゆみ持田香織、さらに最近の雨後の竹の子のように現れる変形したアイドルである女性歌手が「アーティスト」と呼ばれる根拠として使われています。


それを彼女の功績と呼んで良いのか、私には分かりません。