何をかいわんや

本屋で見かけたのでつい通勤電車のお伴にナンシー関の最新文庫本「何をかいわんや」を買ってきました。ちょっとナンシー関の話の頻度が高すぎるな。

何をかいわんや (角川文庫)

何をかいわんや (角川文庫)


この本の中には出てこないようだが(まだ全部読んでない)、「世の中の人間のかなりの部分はファンシー好きで、ファンシーとヤンキーは同根である」というようなことをナンシー関はよく書いていました。


今、世間注目のボクシング親子の存在なんかはその典型だと思う。
この親子で現代日本のヤンキー(ファンシー)度をはかると、359:470、パーセンテージにして43.3%であるらしい。


おそらくここ10年で日本人のヤンキー(ファンシー)指数は増しているに違いない(ちなみに、こないだの日曜日の南知多の海水浴場では98.7%くらいでした)。
このごろのテレビを見ていると、企画にしろ出演者にしろ、このテの文化にあまりにも頼り過ぎだと思う。本人たちがいない所では「自分たちが掌の上で転がしているんだ」とか云っているんだと思うけど、実際に現場で彼らをコントロールできる人間は、きっといないんじゃなかろうか。そして、番組制作現場では「だって文句云えないじゃないですか、あんな人たちに…」と思いながら対応しているスタッフがほとんどなんだろうな、と想像する。


急に話が大きくなりますが、その種の文化が言論(報道)の自由とかを制限するためにもっと大きな形で行使された時、戦える人間は今の放送局にいますか?庇を貸して母屋を取られない覚悟を持ってますか?と、訊いてみたい気がするここ数日です。